離婚の条件は「最後の1ヶ月は毎日私を抱きかかえること」
その晩、家に帰ると妻が夕食の準備をしていた。私は彼女の手を握り「伝えたいことがある」と言った。彼女は何も言わずイスに座り、そして静かに食べ始めた。苦痛そうな眼差しをしていた。
突然、僕はどうやって口を開ければいいのか分からなくなった。でも、僕の考えを伝えなければ…
「離婚したい。」
僕は落ち着いて口にした。彼女は僕の言葉に特に反応もせず、ただそっと「なぜ?」と尋ねてきた。
僕は彼女の質問に反応しなかった。彼女は怒った。
その晩、僕らは喋らなかった。彼女は泣いていた。もちろん、彼女は僕に何が起こったのかを知りたがっていた。でも僕は彼女に満足のいく答えを言えない…
ただ、僕は新しい恋人のジェーンしかもう見えていない。もう妻のことを愛していない。妻には、哀れんでいるだけだ…。
深い罪悪感に包まれながら、離婚の同意書にサインをした。彼女に家と車、預金のすべてを渡すことにした。
だが、彼女はそれをチラリと見ただけでビリビリに破いてしまった。10年間一緒の人生を歩んできた彼女は、僕にとってもはや「他人」となっていた。彼女に、無駄な時間と無駄な労力を過ごさせてしまい申し訳なく思ったが、僕の心はもうジェーンを愛してしまっている。
彼女は僕の前で、大声で泣いた。それは、僕が見たかったものだ。「泣く」ということは一種の「解放」だと僕は思っている。ここ数週間、僕の頭から離れなかった「離婚」という考えが、やっと今明確になったような気がした。
次の日、僕は遅い時間に帰宅した。妻はテーブルで何かを書いていた。その日僕はジェーンと一緒に過ごしていた。何も言わずに寝た。
僕が夜中起床しても、彼女はまだテーブルで何かを書いていた。気にならなかったし、僕は布団に戻った。
彼女には一つだけ条件があった。「結婚式の日に、花嫁の部屋に抱き上げて運んでくれたことを思い出したい」というものだった。
最後の1ヶ月間は、毎日ベッドルームからリビングまで抱き上げて運んでほしい。そう言う彼女に、僕は彼女が狂い始めたのかと思った。しかし一緒に過ごす最後の日々に耐えられるよう、僕は彼女のリクエストをのんだ。
妻の「離婚の条件」をジェーンに話した。彼女がどんなことをしたところで、離婚をしなきゃいけないのに。とジェーンは言った。
僕が離婚の意思を伝えるまで、僕らの間にはスキンシップは一切なかった。だから、初日に彼女を運んだとき僕らはお互いぎこちなかった。息子は僕らの後ろで拍手をしながら言った。「パパがママを抱きかかえてる!」 その言葉は、僕に痛みをもたらした。
ベッドルームからリビングまでを歩いた。彼女は目を閉じ、「離婚のことは、息子には伝えないで」と静かに言った。僕はうなずき、そしてなぜか少し動揺していた。
僕は彼女を玄関で見送った。彼女は仕事に行くためのバス停まで行った。僕は1人で会社まで車を走らせた。
2日目は、僕らお互い少し慣れてきた。彼女は僕の胸にそっと寄りかかり、そして僕は彼女のブラウスから漂ってくる香りを感じた。妻のことを、もうずっと見ていなかったんだなぁ。
彼女がもう若くないことに気付いた。顔には小じわがあり、髪には白髪まで! 僕はこれまで、一体なにを彼女にしてあげられただろうか…。
4日目。彼女を持ち上げたとき、僕は彼女に対する親近感が戻ってきた気がした。
彼女こそが、僕が10年間一緒に過ごしてきた女性だ。
5日目と6日目。親近感がより強くなってきたと実感した。ジェーンにはこれを伝えれなかった。日が経つにつれ、彼女を運ぶのに慣れてきた。もしかしたら、毎朝こうして運んでいるから筋力がついたのかもしれない。
ある朝、妻は服を選んでいた。たくさんの服を試してみたが、ちょうどいい大きさのものを見つけられなかったようだ。「ああ、私の服、ぜんぶ大きくなちゃった」
突然、彼女がやせ細ってしまったことに気がついた。だから彼女をカンタンに運べたのか!
猛烈に苦しくなった…。彼女は痛みと苦みを彼女の心に押し込めていたのだ。無意識のうちに私は手を伸ばし、彼女の頭に触れていた。
息子がちょうど来て、「パパ、ママを運ぶ時間だよ」と言った。彼にとって、彼の父親が母親を運ぶことが、彼の人生の重要な一部分になっていたのだ。
妻は息子に近寄りギュッと抱きしめた。最後の瞬間に気が変わってしまうのではないか、そう恐れた僕は目をそらした。
彼女を抱き上げ、いつもどおりベッドルームからリビングまで運んだ。彼女の腕がやさしく、そして自然に僕の首を囲んでいた。僕は彼女をしっかりと抱きしめた。まるで、結婚式の日のように…。
だが、軽くなってしまった彼女に、僕は悲しくなった。
最後の朝、彼女を抱きかかえるとき、僕は上手く足を動かせなかった。すでに息子は学校へ行っていた。僕は彼女をきつく抱きしめ、彼女に言った。「僕らの結婚生活には、こうした親密さが欠けていたね…」
会社へ車を走らせた。到着し、車のロックもせずに飛び出した。少しでも遅れたら僕の気が変わってしまいそうな気がして。
ドアを開けてくれたジェーン。
「ジェーン、すまない。 妻とは離婚できない」
彼女は驚き、私を見てそして私の額に触れた。「熱でもあるの?」そういった彼女の手を頭からどけた。
「ごめん、ジェーン。僕は離婚しない、と言った。僕らの結婚生活は退屈だったが、それはきっと僕と彼女の両方が、日々の小さな幸せの大切さを分かっていなかったからなんだ。お互い、もう愛していないわけじゃなかった。結婚式の日に彼女を抱きかかえ運んだように、僕は彼女を一生涯抱きしめたい」
彼女は突然目を覚ましたように見えた。僕にものすごいビンタをし、ドアをバタンと閉め泣き出した。僕はその場を去り車を走らせた。
道中、花屋で妻のために花束を買った。カードに何を書くかと尋ねてきた店員の少女に、僕は微笑んで言った。
「一生涯僕は毎朝あなたを抱きかかえます」
その日の夕方、僕は花束を抱えながら家についた。笑顔のままで階段を駆け上り、そしてベッドに横たわる妻を見つけた。
――――――妻は亡くなっていた。
僕の妻は「ガン」を患っていた。僕がジェーンに夢中になっていた数ヶ月、彼女が病気と戦っていたことに気づきもしなかった。
自分がもうすぐ死ぬということを知っていた彼女は、息子の為に「妻を愛する夫」として映るように振舞っていてくれたのだ。僕をためだ。
探偵として伝えたいこと
この物語はフィクションかもしれません。しかし、私たち探偵が日々向き合う現実には、似たような「気づき」がたくさんあります。
浮気や不倫の調査は、単なる証拠集めではありません。そこには、誰かの「想い」や「願い」が隠れていることもあるのです。
私たちが大切にしているのは、真実を知ることで、依頼者様が「自分の人生を取り戻す」こと。そして、ほんの些細な幸せの価値に気づくこと。
どうか、あなたの大切な人との時間を、今この瞬間から大切にしてください。